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ぼんやりとは?/ ノーローン

[ 730] ぼんやり上手
[引用サイト]  http://d.hatena.ne.jp/ayakomiyamoto/

引き取ったからには自分はサチコを家族のように考えているし、実の娘のようにも思いはじめている。それなので、もしサチコさえ嫌でなければ、自分のことは父さんと読んでくれてかまわない。自分としてもそれが落ち着くような気がするから……
サチコが家にやってきてから一週間。鈴木は岬に飛び込むような覚悟で心を奮い立たせて、サチコこのように言って聞かせた。それだから、サチコが小さな声で「はい、父さん」と応えてくれたときは、天にも昇るような幸せな気持ちがしたものだった。
大人びた美しい外見もさることながら、サチコはこの年頃の他の子どもに比べると、ひどく遠慮がちでおとなしいところがあった。
鈴木は昼間は工場があるので家を空けていたから、しばらくサチコのことは近所の人にかわりばんこで様子を見てもらっていた。サチコが一人でさみしがっているのではないかと申し訳なく思い、家に戻ってからはなるべく甘えさせて、わがままを聞いてやろうとした。しかし、声を掛けてやってもサチコはただニッコリと微笑むばかりで何も言わず、その健気な様子は鈴木の胸を打ち、いじらしい思いにさせた。
驚いた鈴木が、どこか痛いところでもあるのかと尋ねた。すると、たくさんのイルカが浜に打ち上げられて死んでしまうからかわいそうだ、というようなことをしゃくりを上げながら一生懸命に話すのである。
近所の浜辺に、10数頭ほどのイルカが打ち上げられているのを漁師が発見したという。イルカたちは自力では沖に戻れないようで、うらめしそうにキュウキュウと鳴いていた。
もともとこの地域はイルカ漁が盛んなところだったが、ここ数年は本土から発布された保護条例により、おおっぴらにイルカを捕ることは禁止されていた。浜に打ち上げられたからといっても、おいそれとは捕ることができないのだ。仕方がないので、町の漁師たちが総出となって、ロープやボートを使って丸一日がかりでイルカを沖合いに逃がしてやることになった。
しかし翌日、イルカたちは波の力で押し戻されて、再び浜に打ち上げられてしまった。しかも昨日より10頭ばかり数が増えているようである。これには漁師たちも呆然とさせられた。こうなってはさすがにお手上げである。ボロボロになったイルカの群れは、しばらくは力なくキュウキュウと鳴いていたが、その日のうちに衰弱していき、1頭また1頭と息を引き取っていった。
死んだイルカの群れをそのまま浜に置いておいても仕方がないので、包丁を持った漁師たちがその場でさばきにかかる。たちまち海岸一帯の波が赤く染まり、生臭い血の匂いが潮風とともにぷんと鼻に広がった。
切り分けられた大量のイルカの肉は、鍋やバケツを持って浜で待ちかまえる近所の人に配られ、工場でも事務の相田さんが佃煮をたくさん作って鈴木に分けてくれた。
鈴木はイルカ肉の佃煮が入ったタッパーをいささかもてあまし気味に家に持ち帰った。イルカの一件以来、ここ数日はサチコがふさぎこんでいたからである。不思議なことに、衰弱していくイルカたちの姿は見ていないのに、その苦しみを心で感じ取っているようにも見えるのであった。
玄関に上がった鈴木は、「ただいま」もろくに言わずにそそくさと台所に入り、タッパーの佃煮をどこかサチコの目に届かないところに隠そうとした。すると音もなく台所に入ってきたサチコが、「父さん、それ食べよう」と小さな声で、しかしきっぱりと言う。
食卓に出された佃煮は、香ばしい匂いで赤黒くつややかに照り輝いていた。茶碗を持った鈴木がじっと見守る中、サチコは箸で佃煮を一切れ口にほうりこみ、目に涙をいっぱいに浮かながらそれを噛み締めて、「おいしい」とつぶやいた。普段は小食なのに、その日はそれでご飯を3杯もおかわりしたのであった。
断髪室に残され不安そうにしている少女を前に、鈴木は「心配しないでいい、何もせんから」とぶっきらぼうに声を掛け、断髪の技術者に「工場が終わるまで、この子は事務の相田さんにお願いしようかね。連れてってやってくれんか」と頼んだ。
パートの事務員をしている相田さんによれば、この娘は何を話しかけても頷くか首を振るばかりで菓子をすすめても食べず、椅子に座ってずっと大人しくしていたという。名前を尋ねれば「サチコ」と小さく一言だけ答え、それ以外の、苗字や家族のことを聞いても困ったような顔をして首をかしげるばかりだった。相田さんは「かわいそうに身寄りがいないのは本当みたいだねえ」と気の毒そうにため息をついた。
連れて帰ったものの、幼い子どもの相手をするのははじめてで、どう声を掛けたらいいのかわからない。昨日の残りの夕飯をよそって「遠慮せんでいいよ」と言うと、サチコははじめて控えめな笑顔を見せた。風呂をすすめた後に、はるか昔に本土に嫁いでいった妹の部屋に布団を敷いて、そこにサチコを寝かしつけた。
残された工場の経営に精一杯で家庭を持つ暇もなく、結婚話を持ちかけられても「工員たちが家族みたいなもんだから」と断り続け、気付けば50を過ぎていた。昼間は仕事で忙しくしていたからよかったが、夜は誰もいない家に戻ると言いようない寂しさを感じるのも事実であった。
その日、久しぶりに自分以外の人間がいることで家にパッと明かりが灯ったような気持ちを覚えた鈴木は、自室で布団に入った後も、珍しくなかなか寝付くことができなかった。
翌日、人買いが工場に娘を引き取りに来ると、鈴木は「あの子をもう一日ここに置いてもいいか」と金を支払った。それを何日間か繰り返した後に、鈴木はサチコをそのまま引き取ると申し出た。
人買いの示した金額は大きく、そもそもサチコは人買いに誘拐されたようなものだったので不法で不当な取引だと感じたが、文句も言わず鈴木は支払い、人買いにはもう二度と工場に来ないようにと言った。
そんなに長い話じゃないのにとっても難しく、全部読んでも、解説で訳者の若島正先生がほのめかす最後の一行の意味が解らなかったです。それでも一応、私のようなボヤーっとした頭で読んでも、とんでもない不謹慎ギャグやリズム感で「なんとなくすごい面白い本を読んでる気持ち…」となれた気がしないでもありません。ナボコフ先生が書く美人で性格に難があり、良家の女子のくせに下品なセレビッチ系ヒロインは異様に魅力的で読んでいて楽しいです。
チェスの天才だけど、コミュニケーション能力に難のあるルージン(イメージはすごくボケーっとさせて太らせた羽生名人)が、彼の純粋さに惹かれた女性と結婚し、神経を病むほど没頭したチェスから離れて幸せな普通の生活を歩むかと思われたが…という話。このルージンは性格は正反対だけど、一つの妄執に飲み込まれ破滅する主人公ということで『ロリータ』のハンバートと同じタイプのようです。
ニヤニヤしながら部屋に入ってきた40過ぎの貧相な男は、これまで何回か身寄りのない少女を連れて、工場にその毛髪を売りに来たことがある人買いであった。男が連れてきた少女に、鈴木は目が釘付けになった。
着たきり雀のみすぼらしい格好であったが、胸元まで伸びる髪はその場の光をすべて吸収してしまうほどに黒く、伏目がちなその顔は白磁のように冷ややかで物悲しい美しさがあった。しかし、なによりも驚かされたのは、その娘がまだ6つにもならないような子どもだったことだ。
聞けば、町はずれの貧民街から身寄りのない浮浪児を探してきたという。人買いの見込みどおり、路地裏から連れてきたこの少女は、たらいの水でボサボサ頭を洗ってやると、驚くような美しい黒髪を隠し持っていたのがわかったそうだ。
そうはいっても醤油作りに必要なのは十代の少女の毛髪である。それより若いと、毛が細く柔らかすぎて、醤油の熟成にあの独特の作用をもたらさないのだ。
そのように伝えて断髪を断ると、男は急にむっつりと不機嫌になった様子で、少女の手を乱暴に引いて出て行こうとする。
人買いの手にかかれば、普通の娘は女郎小屋か政府禁制の女芝居に売られるのが常であったが、いかんせんこの少女は幼すぎる。聞くところによると、最近は幼い子どもを変質者に売り飛ばしたり、人間の臓物を売り買いする大きな闇市で取引したりすることもあるという。
側にいた断髪の技術者が驚いた顔をするのがわかったが、人買いはたちまち立ち止まって笑顔になった。
「そういうことなら早く言ってくださいよ旦那。もちろん、ご承知のように一晩の御代はいただきますがねえ」
したり顔でいやらしい笑みを浮かべる男に不快感を覚えたが、鈴木は言うままに金を支払って人買いをさっさと部屋から出て行かせた。
読んでくれている皆さんはそろそろ「いつまで続くんだろう」とお思いになってきたかもしれませんが、私もいつまで続くのかよくわかってません…。どうか気長にお付き合いください。

 

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