出発とは?/ ノーローン
[ 1290] 再出発日記 - 楽天ブログ(Blog)
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もちろん、私がコメントしたりTBを送らせて貰った相手は無条件で異論反論に付き合わせてもらいます。(自分の家に招待して相手をしないなんて失礼ですものね) 命とは何か「ブラフマンの埋葬」 (7)[ 08読書(フィクション) ] いまだかつて犬も猫も飼ったことはない。犬に関してはトラウマがある。三歳の頃、犬のオバケに食われる夢を見た。それが私の覚えている最初の夢で、以来オバケのQ太郎にはずっと親近感を覚えていた。二歳上の兄たちが父親に反対されて犬ころを裏山の砂ダムの近くで長い間飼っていたことがある。いつの間にかいなくなったようだ。生き物は飼ったことはある。10歳の頃、番の文鳥を手乗りにすべく、ヒナから飼った。手乗りの練習をしているとき、ある日窓から飛び出した。そのまま野生化してくれればいいのだが、彼らは家の周りで時々見つけた。おそらく餓死したに違いない。これもひどいトラウマになった。そういえば、夜店で飼った金魚を死なせて、金魚の墓を母と一緒に作ったこともあったけ。 最初に感じ取ったのは体温だった。そのことに、僕は戸惑った。朝露に濡れて震えてている腕の中の小さなものが、こんなにも温かいなんて信じられない気持ちがした。温もりの塊だった。 物語はが裏庭で瀕死の生き物を見つけたところから始まる。どんな種の動物なのかは最後まで明らかにはされない。犬ではない。水かきとひげを持っていたのだから。はこの生き物に−謎と言う意味−と名づける。ブラフマンはしだいと元気になっていく。 ブラフマンはどこにいるのか。机の下の暗がりに隠れている。僕と視線が合うと、自分の一番可愛い顔を見せようとするかのように、大きく目を見開いて瞬きさえしない。自分もたった今、ここへ置き去りにされたばかりで、何がどうなっているのか分らないのです、という表情をする。 やはりブラフマンは目をそらさない。僕が言葉を発するとき、目があっていなければ、その言葉は中をさ迷ってどこにもたどり着けない、と信じている。 ブラフマンの目は赤ん坊の目のような気がする。何の邪心もない。それと同じような目を、私は最近毎日毎日病室で出会っている。ブラフマンも、赤ん坊も、病室の男の目も、気負った欲望はなくて、まっすぐに見つめてくる。命そのもの、と言えるだろう。 私はこの本を読んだあと、犬を飼いたいと切実に思うようになった。既にトラウマは解消しているから飼えるだろう。隣が兄貴の家だから、数日家を留守にしても頼んでいけるだろう。とは隣り合わせである。ならば、命の素晴らしさを感じてみたい。 今多コンツェルンの広報室に勤める杉村三郎は、義父でありコンツェルンの会長でもある今多義親からある依頼を受けた。それは、会長の専属運転手だった梶田信夫の娘たちが、父についての本を書きたいらしいから、相談にのってほしいというものだった。梶田は、石川町のマンション前で自転車に撥ねられ、頭を強く打って亡くなった。犯人はまだ捕まっていない。依頼を受けて、梶田の過去を辿りはじめた杉村が知った事実とは…。 (「BOOK」データベースより) 宮部みゆきは文庫本が出ると無条件に買うようにしている。そのわりには、二年前の正月の「模倣犯」五冊以降彼女の書評はこのブログには載せていない。実はこの二年間、彼女の作品を読んでいない。宮部の文庫は何冊かは発行されているのだが、実はすでに図書館で借りて読んでいたのである。一時期図書館に通い詰めたことがある。前の職場を辞めて、「これ以降は節約のためにすべて本は図書館で借りるぞ」と決心したためであるが、実際やってみると、常時十数冊は「読みかけの本」を作っておかないと不安になってしまう性質があるために、続かなくなってしまった。(図書館の本は長いこと借りれない)そして案外映画や読書におカネをつぎ込んでも、年間数万で済むことも分かった。(そのぐらいならなんとかなる。)で、話は前後するが、図書館通いをしていたころに単行本で何冊も宮部の本を読んだのである。そろそろそのストックも切れかけている。これから宮部みゆきの書評が増えてくるかもしれない。 さて、この本は久しぶりの現代ミステリーである。やはり宮部はファンタジーよりも、時代劇よりも、ミステリのほうがおもしろい。彼女はひつこいぐらいに一つの事象の周りの描写をする。(最近特にその傾向が顕著になってきているのだが。)その描写力があるから、ミステリとしての興味を持続できるし、最近のテーマである「事件にならない事件」も成り立つのである。直木賞受賞作「理由」から続く、宮部の新境地である。軽犯罪あるいは「未遂の故意」と言うのは、確かに魅力的なテーマではある。そういうことの中に案外「深い闇」があることが多いし、何よりも身近な「闇」だからだ。 横山秀夫にはハズレがない。一貫して組織の中の個人の矜持を謳い上げ、同時に周到にめぐらした伏線とキレイナ落とし所を用意して、必ずエンタメとして成立させている。直木賞騒動で無冠の帝王となった今、自分の本は作品の質で売るのだ、という作者のプライドがそこかしこに溢れている。 しかし、これはもろ刃の剣である。最高のものを求める緊張感がいったん途切れると、あまりにもご都合主義的な短編集になることがある。この短編集はまさにそれだったように思えた。 しかし、「餞(はなむけ)」だけは違った。事件性がほとんどないのに、この短編の数ページでいったい何度作者は「どんでん返し」をしたことか。そして最後は見事な人情話に持っていく。この職人技には唸った。この一遍だけでやはり横山秀夫にはハズレはない、と言わざるを得なくなった。 「自民、民主、公明、国民新各党などの改憲派議員でつくる「新憲法制定議員同盟」(会長・中曽根康弘元首相)は四日、国会内で総会を開きました。民主党幹部を新たに役員に加え、改憲策動を推進する新体制を発足させました。 自民党からは安倍晋三前首相、伊吹文明幹事長、谷垣禎一政調会長らが新たに顧問に就任、民主党からも鳩山由紀夫幹事長が顧問、前原誠司副代表が副会長に就きました。二〇〇八年度予算案の衆院強行通過をめぐって「対立」姿勢をみせる自民、民主両党が、九条改憲という国のあり方の根本問題で基本的に同方向であることを示すものです。」 資料ととして、記事にも載っているが、憲法議員同盟の役員全員をここに載せる。民主党からはやはり鳩山と前原が幹事として参加している。自民党からは安倍晋三前首相、伊吹文明幹事長、谷垣禎一政調会長が新たに。こういうラインナップはなかなか壮観。 この映画は「99.9%の刑事事件は被告が有罪である。」という厳然たる事実を前に、それを説得力を持って描いていました。 去年この映画を見た後、たまたま名誉棄損で起訴された事件の控訴審の傍聴に行きました。一審では限りなく白に近い判決が出たので、今度は逆転できる、と数人の証人を用意して出向いたのに、冒頭裁判官は「聞く必要がない。次回で結審する」とのたまうのです。弁護士が「必要だから証人を出しているのだ」とめずらしく何度も食い下がりましたが、無駄でした。証人を採用するかどうかは裁判官の決裁事項なのです。1000人ほどの署名を集めては行きましたが、それでも世間的には全く無名の裁判です。新たな証拠が上がらず、裁判官の意向が一回目で知れたわけですから、この裁判に勝ち目はありません。事実負けました。 被告の意向もあり、控訴はあきらめました。だって、次の高裁はそのたびごとに東京に出向かないといけないのです。しかも、ほとんど逆転判決は望めません。確率がモノを言っています。被告が「萎える」のももっともです。あまりにも悔しい。確かに罰金五万円の軽い不当判決です。でも払えば済むということではありません。一生前科一犯という汚名がついて回るし、支援している側からいえば、「労働組合を作った人間に対する嫌がらせで名誉棄損発言をしたとでっち上げた」事件であって、許すことができないのです。あの裁判官は、万が一にも無罪になることは避けたかったのでしょう。明確に感情で判断しています。ああいう裁判官がうようよいるのです。 あの映画の前半にでてくる「有罪だという確証が得られなければ、その人は無罪なのです。恐れるのは無罪の人を有罪にしたのではないか、ということだけです。」という裁判官が途中で転勤(左遷?)させられて、小日向文世に変わり彼は「無罪だという確証が得られなければ、その人は有罪である」という原則で動きます。無罪判決は絶対上からは、いいようには見られない。だから、出世を考える人は無罪判決は出さないのです。あの映画で描かれていることは現実です。 一日の土曜日、現説(現地説明会)つまり発掘調査の説明会があり、近くなので飛ん行きました。総社市の吉備路の丘の東側の小さな丘陵3000平方メートルの中に12基の古墳が見つかったのです。法蓮広堂山古墳群と言います。 もともとこの丘陵には、造山古墳等、大小合わせて300ほどの古墳が確認されていました。しかし族長クラス(30−50人の長)の小さな古墳は植林などで破壊されて土の中に隠されていたことが今回分かりました。それから推測すると、5C〜8Cの間に千基以上の古墳が、三須丘陵というこの一帯にひしめいていた可能性が高くなってきた!と総社市教育委員会のT氏は興奮していいます。(この時代のこの規模の群集墳は大阪に一例あるだけだそうです) 「なぜ30−50人の長なのか」聞いてみました。「もとになっているのは、8Cのこの地域の戸籍です。それをみると当時は30−50人で一つのグループを作っていたんですね。また、この古墳は個人単位で造れるような規模ではありません。土を盛り上げるだけでも大仕事です」「そうやって計算するとこの地域だけでも常時一万人の人が住んでいたことになります」 現説はこのように突っ込んだ質問も出来ます。また、遺跡の形状が最も解る形で見ることができるのでだいすきです。けれどもこの遺跡は数週間後には開発で破壊されるという。いかんともしがたい。 私は古代を幻視する。古墳時代、この丘陵を歩く。木々は刈り取られ遠くまで見渡せる。吉備の最後最大の輝きを放った大王の墓は東側に堂々とそびえている(造山古墳)この丘陵では足の踏み場もないほど円墳、方墳、前方後円墳が盛り上がっている。丘陵を上ると遠く大王の直径の子孫の大墓(作山古墳)は綺麗な形を見せ、規模は比較小さいが石室は立派な墓(こうもり塚古墳)も造営中だ。こうもり塚古墳の西側に五重塔の国府が出来るのは後百年またねばならない。 丘陵から吉備中枢の大きなクニが見渡せる。一万人が住んでいるという。一人一人とクニとがかろうじて一体感をもてる規模だ。どんな政治が行われたか、それはまだ霧の彼方ではある。 通称「ドラえもんのバッグ」と言われている私のリュックサックを置き忘れたのです。丸一日以上たって思い出しました。いくつかの可能性を走馬灯のように、検討しました。車の中に置き忘れて、鍵をかけ忘れてしばらく留守をしていたことを含めて、(今現在車の中にないので)最悪の場面が頭をよぎりました。結局最大の可能性があった大型スーパーの所に無事あったわけですが、きちんと管理されていました。私の保険証や通帳、その他さまざまな現金もあったのですが、なんと金種明細まで書いて置いてくれていました。もちろん重要なものはそれ以外にあったのです。すべて無事でした。 自分のミステイクは50m程の高さの棚に置いて言うと、ほほえみさん も書いていますが、これが日本のいいところです。 私が今まで忘れもの、落し物をして戻ってこなかったのは、五千円札、一万円札等の裸のお札と、明確に私を狙って盗まれた財布だけです。(この人はのちに他の容疑で捕まり、私は初めて刑事さんとお話するという体験をすることができました。刑事さんてやっぱり二人組で動くんですね。) この性質はどうも信仰とは関係がないようです。豊かさ貧しさとも関係がないようです。「逝きし世の面影」(平凡社ライブリー 渡辺京二)を紹介したときにも書きましたが、昔の日本人はその多くが、「家の鍵などかけない開放性、卑屈になるのでもない恐れ戦くのでもない好奇心をあらわにする親和性、そしてどんな貧しそうな者でも決して物を盗まず、見返りを求めないもてなしをする礼節」があったというのです。昔ほどの輝きは薄れていますが、それでもこういう時にはまだまだそれが通用するのでしょう。これは「恥の文化」であると言っていた本を読んだことがあります。(『「名」と「恥」の文化 中国人と日本人』 (旧講談社現代新書): 森三樹三郎著: ) 長い共同体との生活の中で、名誉を求め、恥を恐れる、それが生きる知恵であり、生き甲斐であり、幸せであったときが、やはり私の父親の話を聞いても確かにあったようです。いいところと悪いところがあり、加藤周一は「集団的競争主義」といい、柳田国男は「事大主義」といい、批判しながらも、そこから未来の可能性を探ろうとして生涯をかけていたところがあります。話を展開する時間がありません。今日はそんなことをふと思ったという感想だけ。 電車で広島に向かい、福山駅から福塩線に乗り換え、近田駅で降ります。このあたりは、備後地方と言います。私の住んでいる倉敷や総社の辺りが備中、岡山市から東の辺りが備前。三つ合わせてゴレンジャーではないですが、古代では吉備の国でした。どうやら6-7Cにかけて、吉備の国は解体されて、三つの行政組織に分かれたようです。今日めぐるのは、その頃に出来た古墳です。 まずは二子塚古墳。古墳時代の後期後葉の前方後円墳です。墳丘、石室ともに県下最大の規模らしい。けれどもそんなに大きいと感じられない。総社市にある全国四位の造山、九位の作山古墳と比べてももちろん、こうもり塚古墳等と比べてもまだ小さい古墳です。(全長68m)改めて、吉備中心部は大きな力を持っていたのだと知りました。けれどもここは、規模と質から言って備後地方を統べる古墳時代最大の長の古墳であったことは間違いないでしょう。非常に残念なことに、石室は入り口を閉めていて隙間からしか中をのぞくことができません。平地のそばのちょっとした小山の尾根の奥まった所に位置しているのは、古墳の位置の正しいあり様だと思います。 この古墳のすぐ西側に弥生遺跡がありました。(池内遺跡群)団地造成に伴って行われた発掘で、竪穴式住居30棟が発見されたらしい。今は整然とした弥生が丘住宅となっています。仕方ないとはいえ、非常に残念。東側のちょっと小高い丘が公園となっていて、ここは弥生式のお墓があった所だそうです。ここで作ってきた弁当を食べました。(吹きっさらしの中で一人食べる弁当は少しさびしい) 風は冷たいけれども、ホトケノザの満開に近い原っぱもありました。声は聞こえないけれども、鶯もうろちょろしていました。微かに春は来ているのでしょう。 宝塚古墳では、石室内には入れました。特別大きい石室ではないけれども、きちんと作られていて、この1400数十年間、少しの緩みもないように見えます。工人たちはいい仕事をしています。こんな大きな墓を造った豪族(円墳なので、そのように類推)の人生は、今は忘れられて語る人はいません。けれどもその墓を造った人々の仕事は今に残って多くのことを語っています。薄暗い石室の中でしばらく物思いにふけっていました。千幾年、早いうちに盗賊はやってきて、宝物は盗まれ、石室の中は空っぽです。 権現古墳は墳丘が流出して、横穴式石室の天井部が露出し、その上に熊野神社の社殿がたてられています。こんなタイプの古墳は案外多い。何百年たって岩の謂れさえ忘れられても、なんとなく畏れ多いところとして残るところが古墳なのです。 そのあとてくてくと服部大池を横目に見ながらずっと歩きました。この池は生保年間福山初代藩主が作ったといわれる大池です。こんな歌が詠まれ、碑が立っていました。(歌は池のそばの説明文にあった) 現代も道路や公園がある堤があるのですが、ここに「人柱」を入れたのでしょうか。いつの時代も時の為政者のすることといったら…。 大迫古墳にたどり着きました。なんと普通の家の横にあります。墳形は完全に取り壊されていて、明らかではないそうです。けれども、奥壁は見事なたった一枚の岩、側壁は三枚、天井は二枚の巨石で構成されていて、今日見た石室の中で一番立派なものでした。遺物は金環が伝えられていて、大迫金環塚古墳の別称もあります。築造年代は後期後葉から終末期、今日見た古墳では一番新しい。時代が下るにつれ、技術革新が進み、飾りも華美になるのはいつの時代でも同じ。 遠くから雪雲が近付いてきました。駅家駅まで歩きました。(駅家という地名から明らかなようにここは古代の山陽道。馬の停留場跡があったといいます)近くのお好み焼屋で広島風お好み焼きを食べました。ソバがパリバリ焼けていて美味しかった。今日の行程約6キロ。よく歩いた。膝が痛くなる。ほんとうに足が弱っていたようです。 倉敷で一番大きいショッピングセンターに行くと、いつも行列が出来ているうどん屋にシャッターが降りていて、二人の従業員が前に立ち、一枚の張り紙があった。 どうやらこのうどん屋のチェーン店のひとつで食中毒があり、全店が一斉休業しているらしい。「原因が分るまで全店休みます」と、おそらく1日中ここに立って一日中同じ事を説明しているであろう男性は答えた。 「食中毒を起こしたのは、自分たちが働いているこの店じゃないのに、突然店を閉められて、たまったもんじゃないよね。」などといっても彼は困るだけだろう。 「ふーまん」と言う名前の今川焼きを食べに、あるいは甘味処として、倉敷の中学生や高校生は学校帰りによく通った。「ぶっかけうどん」が名物で、この一品に関しては、隣県の讃岐うどんよりも有名かもしれない。チェーン店は何十店にも及ぶ。私の記憶では食中毒を起こしたことはない。だから、店を閉めることの損失よりも、ブランドとしての「信頼」を取り戻すことの方が重要なのだろう。全店一斉休業と言う店の方針は正しい。このうどん屋の対応は「誠実」だろう。 ただ、従業員は賃金なしの臨時休業を強いられていないだろうか、と気になった。リストラは論外としても、もしそのような対応をしていたならば、私はこの店を「信頼」しないだろう。 その後の様子をそれとなく見た感じでは、確か再開の張り紙には「衛生教育を徹底しました」とは書いていたと思う。客の足も、今現在では往時のところまで回復しているように思える。しかし私に関していえば、明らかに当時よりも、食べる回数は半分以上へって居る。要因はいろいろある。メタボ対策でこの店を対象としている(併設の映画館の半券を持っていけば、大盛りがサービスされるのでつい食べ過ぎるのである)こと、秋に小麦高騰により数十円値上げされたこと、があげられるが、ほかにも食中毒対策への不信感が100%拭いきれていないと言うこともいくらかはある。 ただ、一連の騒動の推移を冷静に見守ると、JTなどの企業と比べると、生協の対応は比較的「誠実」であったとは言えるだろう。聞くところによると、ギョーザの生協商品の回収率は95%を超えたという。一方、JTの場合は、まだ5%ほどだという。もちろん組合員組織であることの強みではあるのだが、生協内での努力も大きかったに違いない。そのように真面目に回収に取り組んでいるものだから、とくしま生協のギョーザからジクロルボスと言う農薬が検出されたが、これはどうやら生協が委託している業者の倉庫内の害虫駆除に使ったためだということが明らかになった。(それにしてもずさんな管理であるということは確かではある)また、東北では、これを機に商品の一斉点検をしたらしく、 という不名誉な偽装も発覚した。偽装自体は許されないが、缶コーヒーまで点検したことや、正直に公表したことは、「誠実」ではある。 ‥‥‥生協は「誠実」だ。しかし、これで生協はよそより頑張っているから許してもらえる、と思ったら大間違いだろう。 消費者と言うのは「いい加減」で「厳しい」のだ。「生協は100%安全安心だ」という(私から見れば)「幻想」を抱いていたり、中国製の生協商品は全て生協「直営工場」で作られている、等の「幻想」を抱いている消費者は確かにいて、その人たちから見れば今回の騒動は「裏切り」以外の何者でもないだろう。消費者の「信頼」は果たして回復するかは難しいだろう。 今は「信頼」の回復が一番の急務である。私はそうはいっても、生協はスーパーと同じではない、と思っている。どこがそうなのか。 理念は置いておいて、今すべきことは商品でそれを語ることだろう。商品で原点に返ることが大事なのではないか。 ハムの発色剤実験、イーストフード、乳化剤を使わないパンと使っているパンの比較、本にがりを使っている豆腐と使っていない豆腐‥‥‥。 話はころりと変わりますが、abi.abiさんより手作りチョコ(の画像)を貰いました。今年は危うく、義理チョコさえ無い年になっていましたが、これで免れました。ありがとうございました。 前作でデスノートは焼却処分にしたとなっていたので使うはずがない、という人もいるかもしれないが、いつ焼却したかは語られていなかった。しかもあのノートは紙の切れ端に書いても、効力を発するのである。でも使ってしまったら前作のラストはなんだったのだ、と言うことにはなるけれどもね。 もし死ななかったら、あの映画のラストは何だったんだ、と非難轟々だというかもしれないが、けれどもなんでもあり、というのが続編ものの伝統ではある。そうやって、人気が出た主人公のシリーズ化というのも過去ないわけではない。(「ゴジラ」シリーズ、「男たちの挽歌」) 基本的に今年の邦画を全然代表しないB級作品なので、私の言を信じて、ネタがばれてもいいわ、という人だけ以下の文を読んでください。 中田監督はなぜこの作品を引き受けたのだろうか。「デスノートの世界とは全く違った世界を作りたかった」と監督は言っているらしいが、それはこういいかえることができる。「デスノートはあれだけで完結した作品である。配給は金もうけのために三匹目のどじょうを狙って、私に白羽の矢が立った。けれども、あの世界以上のものを作るのはそもそも無理だ。しかし私も次回作のために、お金はほしい。どうせどんなB級作品を作っても、あれだけのキャラクターならば、そこそこ儲かるだけの宣伝はするだろう。それならば、キャラのみを変えてB級作品を作ればいい。それからともすると、あの前作で天才待望論的な作品世界を作ってしまった。小泉待望論なんかを見ていると、そんな世の中はあぶなかしくて見ていられない。私はそれも壊したい。」もちろん、まじめにそういうテーマに取り組むという手段もあったのでしょうが、中田監督は映画業界を熟知しているので、えらい目をしてまじめに取り組めば取組むほど、その映画は売れなくなるということをよく知っていたわけです。だから、あえて突っ込みどころ満載のB級映画を作って、一番最後に付け足すように、「よく覚えておくんだ。天才一人で世界を変えることなんかできないんだよ」とエルに言わせるわけである。(紋切型でまるで説得力がないセリフであるが、松山ケンイチ人気で映画館に足を運ぶ若者にとってはそのぐらいで十分説得力はあるのである。)これで配給も利益が出るし、中田監督も次回作が作れる、しかも若者の天才あるいは英雄待望論に少しだけストップをかけることができる、三方丸くおさまって万々歳ということである。B級作品万歳。中田監督はつくづく「大人」である。だから中田ホラーは今回はほとんど封印されている。 そういうわけで、今回冒頭前作の「デスノート」の映像はふんだんに出るが、そもそもデスノートの世界観を壊すことが目的なので、当然ノートは使われない。ただ、私自身はひそかにノートは使わないが、次のからくりは使ってほしいと思っていた。 デスノートにより、エルは23日後に死ぬことが決定していた。それは言いかえれば、23日間は「絶対に死なない」ということと同議である。それを使ってエル自身が絶対に死ぬようなところにわざと赴き状況を逆転させるというからくりである。 脚本はむちゃくちゃだったけれども、松山ケンイチ 、福田麻由子も持ち味をきちんと出していて、気持ちよかった。工藤夕貴は別人に思えるくらいに役になり切っていたと思う。高嶋政伸は脚本がむごかったので、頑張っているんだけど、説得力がなかった。存在感が出ていたのは、工藤夕貴ら人類抹殺計画に賛同している若き女性テロリスト佐藤めぐみの「行っちゃっている」演技である。かわいらしい女の子が狂信的になり、残酷になると本当に怖い。これだけはホラーだった。彼女、どっかで見たなあ、みたなあ、と思っていたら、なんと「ちりとりてん」のA子だった。びっくり。正反対の役だ。まだ映画にほとんど出ていないので、これから注目。 ところで、今秋の少年ジャンプで「デスノート」特別編が掲載されていた。夜神月が死んで三年後の物語である。キラもどきが出現してニアが退治するという筋書きだ。結局この特別編でわかったことは、もう二度と第三部「デスノート」はありえないということだ。なぜなら、デスノートの存在はニアだけでなく、FBIも日本の警察も何人も知れ渡っていて、今回ニアが簡単にキラもどきを退治できたように、今度デスノートが出現しても普通の展開ではデスノートは使えなくなっているからだ。今度使えばありえるのは、ハルマゲドン、デビルマンの世界になる。キラ軍団が出現して、戦争になるだろう。この物語の魅力である、頭脳戦にはならない。そんなマンガを描いても意味はないだろう。結局「デスノート」はそのような際もののとして、マンガの歴史に埋もれていくのが、真っ当な展開と言うものだ。最終更新日時 2008年2月13日 23時31分41秒 コメント(2) | トラックバック(38) | コメントを書く タグ:L change the WorLd |
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