程度とは?/ ノーローン
[ 623] イクラちゃんの言葉は原作でも「ハーイ」程度か | エキサイトニュース
[引用サイト] http://www.excite.co.jp/News/bit/00091146072306.html
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『サザエさん』の永遠の“あかんぼキャラ”「イクラちゃん」。彼のマネをさせたら、おそらく8〜9割の人が「ハーイ」「ちゃーん」「バブー」と言うのではないだろうか。だが、これはアニメ的な「あかんぼ記号」なのではないかと、以前から睨んでいた。原作のカツオはかなりウィットに富んだ機転のきくナイスガイだし(※個人的感想)、ワカメちゃんも、もっとオテンバでお茶目だった記憶がある。イクラちゃんも、原作では案外、おしゃべりだったり、黒いことを言ったりしてるんじゃなかろうか?そこで今回は、『長谷川町子全集サザエさん』(1〜22巻・朝日新聞社刊)を元に、イクラちゃん言語を追ってみた。早々につまずいたのは、作品序盤は、サザエがまだ独身の設定だったということ。イクラどころか、マスオもタラちゃんも当然存在しない。そういや、そうだった……。また、アニメと違い、4コマで見せるので、何しろセリフが少ない! イクラちゃんの快活な喋りは聞けるのだろうか……。肝心のイクラちゃんは登場する由もなく、5巻にいたってもノリスケはまだ独身で居候中。気まぐれに掃除をしてみたり、見合いをすすめられてマスオと結婚観について激論、結局見合いをしたものの、見事玉砕したり。6巻に入り、ちょっとステキな女性とノリスケが雨宿りするシーンがあり、女性に趣味を聞いたり、ほのぼのしたシーンの次に、なんと翌日、デパートで偶然再会! 「やっと運命?」と思ったが、その女性はその後登場することがなかった。あれ? 肩透かし?しかし、後半で、火鉢を囲んで見合いしてるうち、共に「一酸化炭素中毒」で倒れた女性と、イイ感じに。なんと、これこそが運命の女性・タイコさんだった。ここからはもう結婚→新婚旅行と、とんとん拍子。そして、8巻でついに、イクラちゃんが誕生!初めての言葉(?)は、サザエさんが離乳食をあげるときの「ハークション」だったが、一方、タラちゃんもこの時点でまだ言葉を発していない。15巻にいたっても、イクラちゃんはベビーベッドで泣いているだけで、タラちゃんは「なーに?」「インスタントラーメン」などの言葉を獲得した程度。20巻になると、禁煙でイライラする波平の背中に、同じく牛乳をとめられてイライラのタラちゃんが蹴りを入れる衝撃的反抗シーンが登場するが、やはりイクラちゃんは言葉を発していない。21巻には登場ナシ。最後の22巻で、イクラちゃんは言葉ではなく、声でオムツを知らせるという、わずかな成長を見せるのみであった。黒いことを言うどころか、最後まで言葉らしい言葉をひとつも発していない原作上のイクラちゃん。「他人の子は成長が早い」とよく言うけれど、イクラちゃんの歩みの、なんとゆっくりなことか。「ハーイ」、「ちゃーん」、「バブー」は、その先のイクラちゃん、というかアニメ板なのです。(田幸和歌子) エキサイトブログユーザーならブックマークレット機能を利用してこのページにトラックバックできます。 |
[ 624] 「みんなの意見」なんて所詮この程度、という話 :Heartlogic
[引用サイト] http://www.heartlogic.jp/archives/2007/02/collective_foolishness.html
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中学の、何年生だったかは忘れてしまった。学期の始めに班ごとの係を決める学級会をしていた。私のいる班は「生き物係」のポストを、もうひとつの班と争うことになった。 私はかなり小動物や昆虫に詳しかったから、生き物係には適任だ、という自負があった。これはクラスの多くが同じように思っていたと思う。それだけに、素直に任せるのはつまらん的な空気もあったような気がする。何しろ古いことなので詳細は忘れたけど、前の学期にもやってたのかもしれない。 そして、もうひとつの班は、学年でも1、2を争うお調子者がいる班だった。生き物係ってガラじゃねーだろ、無理だろう、という空気だったと思う。 どちらが生き物係になるかは皆の投票で決めることになり、その前に両方の班が生き物係への意気込みを演説することになった。とはいえ、意気込んでやるような係でもないから、なんか適当なことをしゃべったんだと思う。相手の班も、そのお調子者が何か適当なことをしゃべった。が、内容がなさすぎた。こりゃ勝っただろう、というかどう考えても無理だろうと思った、たしか。 で、お調子者も「こりゃ負ける」と思ったのだろう。いちど引き返しかけた彼はクルッと向き直り、芝居がかった様子で教壇をバンと叩くと、こう言った。 ポカンである。どう考えても深い意味のある発言ではない。その前の演説でマンネリが争点になんてなっていなかったし(私が生き物係を毎度やってることを指してのマンネリだったのかもしれない)。が、インパクトがあったことは間違いない。教室が湧いた。 そして、おそらくはその一言が効いて、多数決(挙手)の結果、生き物係はあちらの班が拝命することとなった。 彼らはどうマンネリを打破したかというと、「仕事を何もしない」ということで、ある意味確かにマンネリを打破した。すべての教室の水槽や飼育カゴは無惨なプチ地獄と化し、係じゃねえからと生き物が死ぬのを傍観するわけにもいかないので、可能な限りの生き物(虫とか魚とかだったと思う)は逃がすか持って帰るかした。 次の学期には、私のいる班がまた生き物係を拝命することとなった。が、生き物がいないのでこれといって仕事がなかった。怪しい水槽が1、2個ほど存続していたかもしれない。 この一件で、私は大衆というものの恐ろしさを感じ、ああいうお調子者は文字通りの意味でしねばいいのにと思った。生き物係になれなかった悔しさのため、ではもちろんなく、そんな明らかに無意味な一言で扇動する奴とされる奴への嫌悪と絶望から。 (2)ぶっちゃけどうでもいいけどちょっと関心はあるよ、ぐらいのトピックに対して耳当たりのいい煽り文句を吹き込まれると、一気にその方向に傾く。なぜなら、本質的にはどうでもいいことなのでろくなアンテナを立ててないから。大きな刺激に影響されやすい (4)残念ながら、痛い目に合う前にそのトピックについていいアンテナを立ててちゃんと思考しようとする人は少ない (5)「どうでもよくないはずだけど本音ではぶっちゃけどうでもいい」という大衆を自分の側に誘導する技術として、扇動はホント怖い。そして強い。技術を身につけておいて損はないし、仕組みを理解しておくべきだ 「集合知」を期待しても、分母を整えないと集合愚しか出てこない。整える方法としては、人を選んで絞り込むのがいいのか、情報をきちんと行き渡らせれてきちんと考えて貰えばいいのか。それらをどう使い分け、具体的にはどんな手を打つべきなのか。そのあたりは今でもよく分からない。 「私は無理矢理頼まれてここに立っています。生徒会長をやる気はありません。」と言うような趣旨の演説?をしました 扇動される性質のもの、具体的には同じ場所で決定される投票のようなものは集合知とは呼ばれていません。 分母が必要なのではなく、必要なのはノードの多様性と、個々のノードが「どちらが良いか」を自分の利益にしたがって本格的に考えることです。 ところが株式市場であっても、ニュースやデマなどに扇動されて時として正しい予測ができない場合があります。 理想的な集合知を作るには、お互いがお互いのノードの状態や意思判断を知らずに自らの意思決定を真剣に行うことです。 学校の係り決めなどは最もこの前提からかけ離れており、本文中にもあるように「自分でなければどうでもいい」という人が大半でしょうから、意思判断の結果が自分に跳ね返ってくるような適切な評価関数と応報性をハッキリと見える形で示さねばならないでしょうね。 |
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