というとは?/ ノーローン
[ 176] ITmediaニュース:「はてな」という変な会社 (1/2)
[引用サイト] http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0507/04/news036.html
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ネット企業なのに紙で進行管理。社内会議はMP3でWeb公開。オフィスがあるのに仕事は図書館。旅先の宿で新サービスを開発――「はてな」はとにかく、型破りな会社だ。 「合宿いけへん?」――はてなの近藤淳也社長がそう切り出すと、社員の大反対にあった。ブログサービス「はてなダイアリー」など、20万人以上のユーザーをかかえる、たった10人の会社。遊びに行っている暇はない。 それでも近藤社長は強行した。「きっと何かあるから」。開発者を連れて平日3日間、冬の海を見下ろす宿で過ごした。ひたすらコーディングする以外、やることがなかった。「3日間で5日分くらいの仕事ができた」 この合宿で生まれたのが、国内初のソーシャルブックマークサービス「はてなブックマーク」。合宿に行くまでの車の中で「何作ろう?」とアイデアを募り、宿でコーディングし、帰ってきた次の日にリリースした。たった4日の早業だった。 はてなブックマーク。ブックマークを簡単に登録でき、自動でカテゴリー分けする。同じ記事をブックマークした人を探すこともできる 合宿は、頭をクリアにして新サービスを考え、生産性を上げるための試みだった。はてなの社員はこの1年で倍増し、組織としての形が見えてきた一方、新サービスの開発が日に日に難しくなってきていた。「場所を変え、“3日間はこれだけ作って帰ろう”というシンプルさが必要だと思った」 ユーザーサポートや、既存サービスの細かな改善という連続的な仕事ならオフィスが向いている。しかし、既存のものを否定しゼロから創造する非連続的で破壊的な行為には、オフィスは不適だという。 その後の合宿でも「はてなRSS」「はてなアイデア」など、続々と新サービスができた。最初は反対していたスタッフも、徐々に合宿の効用を認めてくれるようになった。場所を変えることにハマり、普段も図書館で仕事するスタッフまで出てきた。 はてなのオフィスと近藤社長。記者が取材に訪れた日、オフィスの半分が空席だった。図書館で仕事しているためだ 「9月の合宿は、アメリカなんです」。とうとう海外遠征の許可が下りたと、近藤社長は嬉しそうに話す。大好きな旅が、仕事の一部になった。宿の手配から車の運転まで全部1人で引き受けるが「めちゃくちゃ楽しい」という。 「何が必要か、常に自分の頭で考えることが必要」――平日に社員の半数を引き連れて合宿するなどという、経営の教科書にはまず載らない発想は、近藤社長の頭から生まれる。成功例を真似しないから、失敗も多い。トライアンドエラーを繰り返す中に、きらりと光る成功がある。「あしか」もその1つだ。 「あしか」は、はてな開発陣の進行管理ツール。材料は段ボール箱と、コピー用紙の裏紙だ。箱は4つの区画に仕切ってあり、「終わった」「すぐやる」「そのうちやる」「ペンディング」と書かれている。開発タスクは紙に書き、どんどん箱に入れていく。アナログなことこの上ないが、これで十分だという。 スタッフのスケジュール管理も、ずっとアナログだった。壁掛けカレンダーに、全員の予定を手で書いていた。ある時、「社外からも予定を知りたい」という声が出たため、改善策を考えた。「ライブカメラでカレンダーを映したらいいんじゃないか、とか」 ここで、スケジュール管理システムを作ろうなどという“ネット企業っぽい”発想に行き着かないのが、はてならしいところだ。「スケジュールシステムを作れと言われると、サイボウズやYahoo!カレンダーを見て、みんなだいたい同じものを作る。でもそんなの、はてなでやる意味がない。サイボウズを使えばいいんだから」 とはいえ、カレンダーをライブカメラで映すのはさすがに本末転倒ということになり、グループウェア「はてなグループ」に、シンプルなカレンダー機能を実装した。日付をクリックすると、真っ白なコメント欄が表示されるだけ。個人のスケジュール帳と同期する機能もなければ、スケジュールの開始・終了時間の記入欄すらない。 「これまでカレンダー1枚で良かったんだから。ミーティングの終了時間なんか誰も書いていなかったし、相手のスケジュール帳を埋めるなんて、そんな面倒なことやってない」。システムを作るとなると、いろんな機能を入れたくなるのが人情。そこを一歩引いて考え、本当に必要な機能だけを入れていくのがはてな流だ。 「他の人がどうしているかとか、よくある製品がどうなっているのか見たら、その時点で思考停止。そうではなくて、自分が欲しいものを自分の頭で考える努力をしないと、いいサービスは作れない」 「本当は意味がないのに、みんなが不便しているものってあると思う。そういうのが嫌なんだろうな」――無意味なものを壊してやりたいという衝動が、近藤社長の中にあるという。 「意味もなく偉そうな人とか、親が偉いだけで威張っていたり金持ちな人が嫌いで。そういう人にゴロニャーンと順応して生きていくか、そういう人の意味のなさを暴いて生きていくかというと、後者の生き方を選ぶ」 小さいころからそうだった。中学校で生徒会長になった時。初めての会合で「制服をなくそう」と訴えた。「制服って意味あるんかな? 意味分かる人いたら答えてよと聞いたんです。でも誰も真に受けなくて、話がまったく進まなかった」 スタッフの多くがオリジナルの「はてなTシャツ」を着ている。はてな流のクールビズといったところだろうか。もちろん強制ではない はてなの運営にも、この姿勢を貫く。例えば、だらだら続く意味のない会議は、無駄だからしない。毎朝の短いミーティングで意見をシェアし、すぐ行動に移す。きれいなプレゼン資料を1枚作っている暇があったら、コーディングしていたほうがいい。 セガの「みなとみらい21」大型娯楽施設、開発中止セガサミーホールディングスとセガは、横浜「みなとみらい21」に計画していた大型娯楽施設の開発を中止。業績回復に向けてコア事業に集中する。 英国、ゲームのレーティング制度を刷新へゲームのレーティング見直しとSNSの行動規範導入を専門家が提言した。(ロイター) ネットの行動ターゲティング広告めぐりバトルの兆しユーザー情報の収集と利用をめぐり、法律で規制するか自己規制を続けるかの論議が高まっている。 「手がきブログ」が人気 本文もコメントも手書き 「ユーザーは遊びの天才」手書きの文字やイラストを投稿し、手書きでコメントを付けられる「手がきブログ」が人気だ。本文欄に漫画を連載するなど想定外の使い方に、開発者は「ユーザーは遊びの天才」と驚く。 |
[ 177] 極東ブログ: 中国人のわかりづらさという雑談
[引用サイト] http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2008/03/post_4160.html
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中国人といっても実際はかなり多様なので「中国人の考えかたはこうだ」というのは単につまらない偏見だったりする。それでも日本人側から見ていると、誤解というか理解至らずの齟齬が繰り返され、「ああ、またか」と思うことはある。たいした話ではないので、これも雑談的に書くだけにしたい。 まず例の中国毒入り餃子事件だが、李小牧が書いた、ニューズウィーク日本版3・26のコラム「日中ギョーザ紛争は歌舞伎潮流で解決せよ」が面白かった。日本人の中国人誤解の一つのパターンだと彼は見ている。日本の警察が言うように袋の外側から殺虫剤が染みこむことはないだろうとして、こう続ける。 たとえそうだとしても、それを日本側が最初から大きな声で言ってしまっては、中国の立場がなくなるではないか。 今回の事件には、解決できるチャンスがあった。発覚直後の2月始め、中国の調査団が来日した。わざわざ調査団を日本に送ったということは、中国当局がその段階で、自分たちの責任を認識したことの何よりの表れ。自分たちが悪いと思わないのに、よその国に説明に行くなどということを、中国人はまずしない。 中国人の要人がどのように外国を訪問するかというのは、そこで言われている以上にシンボリックが意味があるものなので、この件では、李小牧の見方は正しいかもしれない。しいて異論をいうと、こんなことで商売のお客を逃したくない必死感もあったかもしれない。 しかし日本側は、被害者意識から中国混入説を繰り返し、中国側を逆ギレさせてしまった。歌舞伎町滞在20年の経験から見て、日本人はケンカがうまくないと思う。交渉なんてできないと言っていい。 この先、李小牧は「毒とつき合って広がる世界だってある」と言うのだが、率直に言うとそういう世界と付き合いたいと思う日本人は少ないだろう。が、冷静に考えるとそういう世界と付き合う以外に日本人が生きていく道はないのだから、結果李小牧のように考えるべきだったかと思う。 ただ、最近世相のヒステリーを見て思うのだが、被害者になったらすべて正義の御旗になってしまう。たしかに被害者自身には正義はあるのだけど、直接的に関係していない被害サポーターが多過ぎる。社会構造的に見れば、加害のポジションなのに心情被害のサポートをして迎合的に加害者糾弾することで自身が正義にならないといられないような言説が多くなったように思える。 この中国毒入り餃子事件だが、チベット報道についての背景もあるのだろうが、胡錦濤政権側はそれなりの配慮の動きをしているようだ。些細な事例でもあるのだが、毎日新聞記事”潮流:不信解く思いやりの心=中国総局長・堀信一郎”(参照)などもよい視点だろう。 例えば、15日に北京で開かれた「日中青少年友好交流年」の開幕式だ。北京では全国人民代表大会(全人代)が開催中で、通常、全人代の期間中は海外からの要人を受け入れない。共産党トップが、全人代以外の行事に出席することはない。だが、胡錦濤主席は「新日中友好21世紀委員会」の小林陽太郎座長らと会談し、「日中の戦略的互恵関係をさらに完全なものにしたい」と述べた。 こういう些細な人脈を中国人はけっこうくじけずに積み上げていくし、日本人もそれに応えてきたものだが、時代は少しずつ変わる。 同記事では次のように結ぶのだが、多少迎合的な記述になり、その分、日本側で反発を買うのかもしれない。 ギョーザ事件は真相が解明されていないが、中国公安省の幹部によると、捜査協力過程で日本の警察当局にメンツをつぶされたという。日本側も中国公安省への信頼が揺らいでいると聞く。今後も協力して捜査を進めるという点では日中両国は一致しており、決定的な対立は避けられると思う。ただ、胡主席訪日の準備を進める外務省にとっても「ギョーザ事件をきっかけに日中間の雰囲気を悪くしたのは日本ではない。中国だ」というのがホンネであり、救いようがない。こんな時は、相手を思いやり、誤解を一つ一つ解いていくしかない。 ざっくばらんに言えば、対国家の問題というより、中国内の中央政府と地方政府の経済的な対立がある。中国人は日本人がそれとなく中国人の実利を導けば、日本人を甘いな愚かだなと思いつつも、それなりに応答は続く。応答があれば交流があり、改善がある。 李小牧はこうした対立で中国人の面子を重視する。たしかに面子ということもあるが、面子はなんのためにあるかというと、中国人集団の中の機能だ。特に対外的な問題が絡むと外部から面子を潰されるのは、内部的には死活問題になりかねない。 また史学者岡田英弘は「妻も敵なり」(参照・リメーク「この厄介な国、中国」・参照)の引用になるが、中国人社会ではこういう力学が働く。 中国人というのは、あれだけ内部で抗争を繰り広げているのに、外部からの声には意外に弱い。というより、内部の声だけでは収拾が付かないので、外部の手助けを求めているというのが、実態に近いかもしれない。 中国人の面白いのは、中国人だけの学会や会議であっても、必ず一人は外国人を出席させる。それはなぜかといえば、中国人だけで話し合っていては、みんなが自分の利害に従って勝手な主張を始めるため、会議の席順一つ決まらないからである。 中国毒入り餃子事件でいうなら、「中国側で毒を入れた」とは絶対に言えない。というかそれがこのゲームのルールなんで、そこを日本側はどう考えるかということから対応しないとどうにも進まない。あるいは、日本式解決、忘れたころにうやむや。もう誰も環境ホルモンとかBSE問題とか関心もってないし、韓国を含めてアジア諸国がグローバルスタンダードな牛肉輸入をしているのにそれはもうニュースでもない。 この厄介な国、中国岡田英弘 仮に言ったらどうなるかというと、そこですべてが終わる。ここでも不思議といえば不思議なことになる。日本人の場合だって黒白曖昧にしか言わないじゃないかというのがあるかもしれないが、それは対人的な表出であって、日本人は黒か白か本心を持っている。だが、中国の場合、そういう本心が量子論的な存在になっていて観察者によって波動関数が収束するように言葉になるとその時に決まる。だから、言った言葉が本心であるとは限らない。 こういう世界では、言わせるための虐待がまたゲームになるし、ここが面白いというと不謹慎なのだが、言わない限り何も決まらない。するとどうなるか。虐待が細分化し巧妙化し技術進歩を遂げてしまう。日本や欧米の考えでは、虐待には情報的な目的が先行し人命などはその下位になるから、つい虐殺してしまう。ところが中国の場合、言葉が出ない内に虐殺をすると「あいつはまずいことを言うやつを始末したな、なぜか」ということになり、虐殺者のポジションが落ちる。 日本人だと虐殺的な状況に追い込まれると、心情の原理が働き、相手に対して親近感が出れば迎合してげろげろしゃべってしまうし(それで仲間が虐殺されるとも思わない)、自分の組織への一体感があれば死んでもしゃべらない。つまり、誰がその自己を既定するかという他者の問題に還元される。 この手の中国的虐待の仕組みは、中国人ならたいていは心得ているし、チベット人も心得ているので、中国人はなんとか、語らせようとする。そして語ったら、終わりになる。逆に語らなければ、死ぬまで虐待が続くし、要人なら穏和に続く。趙紫陽はかくして天命を全うしてしまったし、残された言葉があろうものなら、大変なことになる。 というあたりで、ぼんやり趙紫陽を思った。1989年のチベット弾圧では胡錦濤が先陣を切った。が、そもそもチベットに胡錦濤を派遣したのは趙紫陽だった。趙紫陽としては、これまで軍部の対応より、文官の胡錦濤のほうがチベットを宥和(実際には併合)させるだろうという期待があったのあろう。だがそうはならなかった。それから天安門事件が起きて、趙紫陽は表面から消えた。 胡錦濤を見ていると、この人何を考えているのかまるで読めない。でも、些細な行動を見ていると趙紫陽のことを忘れているふうでもない。そこまでくると、中国人というのは皆目わからないなと思う。 外交当局者や政府関係者、ビジネスマンならともかく、一般の国民に「中国人の考え方を理解せよ」と言っても、それは無理なんでしょうね。逆に一般の中国人に「日本人の考え方を理解せよ」と言っても、それも無理でしょう。 あと欧米でも、チベット問題で一般の国民に「中国人の考え方を理解せよ」と言っても、やはり無理だと思います。 というわけで、国民の声が容易に他国に伝わる現代では、相手の国の考え方に合わせて対応するというのは、どんどん難しくなっていくのでしょう。 中国の分かりづらさってここ数年の経済環境の変化によるところも多いような気がします。たとえば年配の人と若い人では全く考え方が違う。 中国政府も人々の意識に関してはまたひとつにまとめる必要を感じているようで、そういうキャンペーンも実施しているそうです。具体的にどんなキャンペーンなのかはよく分かりませんが。 つまり、中の人すらよくわからんものを外からわかろうとするのもなかなか難しいことだなと。そう考える今日この頃。 無理に決まっていますが、しかし理解しようとする努力は必要なのも間違いないのではないでしょうか。しかも、日本は、衰えたと言ってもやはり欧米よりは中国を受容してきた歴史があって、それだけ中国理解は容易なはず。それでもやっぱり無理なのでしょうが、無理だと言って諦めたら終わってしまうように思います。 >ただ、最近世相のヒステリーを見て思うのだが、被害者になったらすべて正義の御旗になってしまう。 こういうことの背景がただマスメディアの影響だけだとも思えないので、自分なりに考えはしてもはっきりするところまでは分からない。それよりも怖いのは、「被害者になったら正義の御旗」だから自分たちが正しいに決まっているのに、その正しさが世界に(あるいは現実に)反映しないとなるとそれだけストレスがたまる。そういうことが繰り返されるうちに、プッツンしたらどうなるか。しかも、「被害者」認識が全く事実誤認で正義が成立しない場面でプッツンした時どうなるか。こういうことを一体何度繰り返せば気が済むのでしょうか。 そもそも、中国や米国と日本が対等に渡り合えるはずがない。国土面積・人口が圧倒的に違いすぎる。武器となるはずの経済力も今後は低下するだろう。これで中国米国と対等に渡りあえると考える方が無茶じゃないですか。であるならば、日本は日本なりにうまく立ち回って実利をとる喧嘩をしたほうがよほどいい。それができないから日本人は困る。 何で日本ばっかり理解しなきゃならないんだとすねるんなら、異文化を理解することができない中国人はバカなのだと笑えばいいのです。もっとも、日本の政治家も官僚も、そこまで考えたうえで実利を取ろうとしているとも思えないからフラストレーションがたまるんですけど。 確かに面子を守るというかしっかり持ち上げてやると、それ以上の実利があるというのが実感です。ある意味朝貢みたいなの。それが通用しない勘違いさんや悪いの、あるいは潔癖症もいますが。 程々に持ち上げる分はタダ同然なのに、何でここでタテマエを使える奴が少ないんでしょう。掌の上に乗せないと転がしようもない。 「中国人は他国文化を理解できないアホだから、日本人はアホの子にも分かるよう、中国のルールに則って諭してあげなきゃならない」? 運営ポリシー広告を目的としたトラックバック、引用集からのトラックバック、エントリの内容に関係ないコメントは削除します。 |
[ 178] Web 2.0という時代の先にあるもの:コラム - CNET Japan
[引用サイト] http://japan.cnet.com/column/mori/story/0,2000055916,20340040,00.htm
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Web 2.0というコトバは、不連続的なイノベーションやパラダイム転換を示すのではなく、ウェブの連続的な変化=進化の到達点を一括りにして表現したものでしかない。そのため、厳密な定義など不可能な「バズワード」と言ってしまえばそれまでということにはなる。しかし、1994年にインターネットの民間開放(まだ、ウェブがそれほど普及していない時代でもあった)がなされたときに多くの理想主義者が想像した、インターネットによる「完全な民主主義の実現」を技術的に実現可能とするための条件がそろってきたという点で、やはりWeb 2.0というコトバは時代の象徴として把握しやすい表現であったに違いない。 逆に言えば、インターネットに本質的に期待されたエンドユーザーの自発的な情報発信の促進や相互の自律的な連携、企業などの持つ膨大な情報資源への自由なアクセスが可能にする情報の非対称性の解消などは、ただ単に世界中に張り巡らされたフラットな通信網=1.0では実現できなかったということであろう。その意味において言えば、Web 2.0は技術面での進化ではなく、それを使う人々の成熟を示す言葉であるのかもしれない(実際、Web 2.0を構成するサービスの多くは画期的な新テクノロジーで構成されているというより、1.0の頃に開発された枯れた技術を使い込むことで得られた洞察に基づくものが多いという印象が強い)。 一方、Web 2.0の特徴の中で語られることの多い「ロングテール」という現象は、1.0の時代ではあまり想定されなかった(あるいは、想定したくなかった)もののひとつであろう。1.0の時代の理想主義者は、「グローバルにフラット」でかつそこで利用されるアプリケーションは自由に構築可能な状態を、インターネットという世界共通インフラが提供してくれると考えていた。 しかし、実際にはインターネットという均質的なインフラが構築されても、依然として社会構造は均質的にはならず、むしろ情報分布の社会経済的な疎密という側面をより大きく強調することになった。またこれまで視覚的にとらえられなかった社会の中での情報のマクロな分布は、むしろ均質性よりも大きく多様性を反映した広がり=ロングテールと、依然として一部の存在に情報や利用、需要が集中したり依存したりする様子を同時に描き出した。 このことは、抽象的に世界を把握することに長けた経済学や複雑系科学の研究者は想定していたものの、GoogleやAmazonなどのように、ロングテール現象を直観的に把握できるケースが生まれるまでは、あまり多くの人には知られていなかったことだ。そして、そのことを改めてWeb 2.0というコトバの中で受け入れ、そして肯定するという「了解」の作業が行われたのではないだろうか(しかしながら、Googleなどの存在を過大に評価する傾向も同時に強まっている。確かに蓄積されたデータをもとにして新たな価値を生み出す企業としての先進性は高いものの、それを創造主のごとく拝み奉るのはいかがなものか)。 Web 2.0という世界は、すでに現実であり、コトバそのものが前述のようにイノベーションやパラダイムを意味するのではなく、状況を示すものである限り、僕らにはただちにその次を目指して世界を構築する義務があるはずだ。もちろん、そのためにはWeb 2.0という基盤を用いるための十分な知見や洞察も必要になるが、それにとらわれすぎていてはいけない。また、1.0の時代に語られたような過剰な期待に振り回されてもいけない。 トラックバック一覧からリンクされているウェブページはこの記事にリンクしている第三者が作成したものです。内容や安全性について当社では一切保証できませんのでご注意下さい。 退職金で一番多いのが従業員に支払われる退職金です。この場合、退職金にかかる税金は所得税と住民税です。退職金の税金は終身雇用制度と年功序列賃金の時代の色彩を強く持っており、永年勤続の報奨金的な性格を持っています。そのため、一般の税金と比較してかなり優遇され… 本当に、老後の心配をしたくない人の必須の情報をお伝えします。「本当に老後にお金の心配をしなくて済むのか?…」と心配な方はコチラをご覧下さいお金のない老後がいかにみじめなものか・・・・実際にそのような生活を送っていらっしゃる方がいるのも現実... ※サービス名をクリックするとこのページをブックマークできます。また、人数をクリックするとブックマークしている人やコメントを一覧できます。なお、サービスによってはログインが必要な場合があります。 増え続けるファイルデータ。高まるデータ保護と事業継続への要求。データ可用性とデータ保護に優れ、かつコスト効率の高い分散型エンタープライズ環境を実現するためのヒントとは? 分散化の進むオフィス環境においてファイル管理を効率化する方法 〜ファイル管理と移行のための最適なアプローチとは? エニグモが提供するサービスはどれも独自性に溢れている。その源泉となるものは何か――。同社共同最高経営責任者を務める須田将啓氏に聞いた。 オンラインコンテンツのリッチ化により、サイトに訪れるトラフィックを捌くことが日ごとに難しくなってきている。しかしネット上の放送事故は許されない。そこで、知る人ぞ知る存在だった「コンテンツデリバリーネットワーク」という技術が活躍の場を広げている。 ECサイトを運営する上で、そのショップのターゲットを設定し、サイト内での行動を考えることはとても重要です。はたして、男性と女性でECサイト内の行動に違いはあるものなのか、アイトラッキングツールを使って調べてみました。 三菱電機の撤退やソニー・エリクソン・モバイルの製品計画見直しなどで揺れる携帯電話端末事業。飽和状態にあるとも言われる状況の中で、ユーザーの皆さんがどういった観点で携帯電話を選んでいるのか調査しました。 携帯電話のメルマガに関する調査を行った結果、指定受信機能の設定内容やそもそも設定をしたことを忘れ、設定の変更を行わないことでメルマガを受け取れないでいるユーザーが数多くいることが分かった。 三菱電機の撤退やソニー・エリクソン・モバイルの製品計画見直しなどで揺れる携帯電話端末事業。飽和状態にあるとも言われる状況の中で、ユーザーの皆さんがどういった観点で携帯電話を選んでいるのか調査しました。 Skypeなどをはじめとするインターネット電話の利用度合いについて調査したところ、無料での通話に魅力を感じるという回答がほぼ半数となったが、携帯電話の同キャリア間無料通話サービスに比べると利用意向が低いという結果となった。 「悪者探しからは何も生まれない」「ネット業界はコンテンツを出してもらえるだけのビジネス提案をできていない」――著作権問題を議論するJASRAC主催のシンポジウムでは、著作権制度よりも関係者の姿勢のほうが問題だとする声が目立った。 3月5日にバージョンアップし、進化を続ける「ニコニコ動画」(ニコ動)。運営元ニワンゴの取締役で、「ひろゆき」という愛称で親しまれている西村博之氏に、人気の理由や運営のコツなどについて聞いた。その様子を2回に分けて紹介する。 PCサイトでできることも、モバイルサイトではできない場合がある。また、その使われ方も大きく異なる。モバイルサイトならではの特徴を、技術面、利用面から押さえておこう。 YouTubeはAPIを拡張して、動画サービスプラットフォームへの転身を図る。親会社のグーグルにどんな狙いがあるのか、ブログ界の意見も紹介しながら考えてみる。 「画質」でも「記録メディア」でも、さらには「保存方法」でも選べる今シーズンのビデオカメラ。その機能と |
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