信用とは?/ ノーローン
[ 20] 岡崎信用金庫資料館:岡崎信用金庫
[引用サイト] http://www.okashin.co.jp/comp/co06.html
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岡崎信用金庫資料館は、ふるさと岡崎の発展と文化向上のお役に立ちたいと願って昭和57年に開館いたしました。 赤レンガと地元産御影石(花崗岩)を組み合わせた特色ある建物は、本格的なルネッサンス様式を取り入れた建築で、大正6年に旧岡崎銀行本店として建造されました。 日本近代建築の重鎮、鈴木禎次氏の設計によるもので、全国でも有数の貴重な建物として、その保存管理に大きな期待が寄せられています。 現在、館内は無料公開しており、1階には「市民ギャラリー」を設け、地域のみなさまがアートの発表の場などとして活用いただけるよう開放しています。また、2階にはわが国や世界の貨幣の展示や江戸時代の両替商の復元など、「お金」にまつわるさまざまな展示コーナーを設け、地元小中学校の社会見学等にも活用いただいています。 明治23年に岡崎の有力者によって設立された岡崎銀行(※)は伝馬通りに新しく本店ビルを建設するにあたり、当地における近代建築の第一人者であった鈴木禎次氏に設計を依頼しました。こうして岡崎銀行本店は、大正6年に誕生しました。 戦災で建物を焼失した岡崎商工会議所が、廃墟同然となっていた旧岡崎銀行本店の建物を買い取り、補修して会議所会館として使用することになりました。昭和25年4月に起工し、同年10月に竣工しました。それ以来、昭和51年まで地元岡崎の経済拠点として使用しました。 会議所会館が手狭となり、老朽化も進んだことから、岡崎商工会議所は新所舎を建設し、移転することになりました。旧岡崎銀行本店ビルは取り壊しの運命にありましたが、地域のみなさまから保存の声が高まり、当時、岡崎商工会議所会頭で当金庫会長の服部敏郎が、「この建物は、旧岡崎銀行の本店として誕生し、当地における金融・経済の歴史そのものである。解体するには忍びない。」と、昭和52年に岡崎商工会議所からこの土地・建物を購入しました。 外観を残しながらも、建物内部を改造して岡崎信用金庫資料館として地元に役立てることになりました。旧岡崎銀行本店の建築当時の姿に復元し、景観を損なわずに建物の維持保存を進めました。外壁保護のために内側から鉄筋コンクリートで固めて補強するとともに、戦災で無くなった角型の尖塔(せんとう)屋根、ルネッサンス式の箱型屋根、煙突等を当時の姿に復元しました。「岡崎信用金庫資料館として地域の文化の発展に少しでも役立てよう」と、一大プロジェクトとして取組み、昭和57年に岡崎信用金庫資料館として甦ることになりました。 昭和57年11月に、社団法人日本建築学会より「姿形がよい」、「すぐれた建築家の設計による」、「地域の歴史をたどるうえで大切である」とのことから、明治・大正・昭和(戦前)の全国13,000棟のなかから建築学的に貴重であると思われる2,000棟の一つに選ばれました。また、平成2年3月に岡崎市から「歴史的建築物として魅力ある岡崎の街並みに大きな役割を果たしている」として、「岡崎市都市景観環境賞」を受賞しました。 平成19年12月に国の登録有形文化財に選ばれました(文化財保護法第57条)。岡崎市内では、合資会社八丁味噌(屋号カクキュー)の本社事務所と蔵、本光寺に次いで3番目となりました。 建築家辰野金吾氏(※)を師と仰ぐ鈴木禎次氏によって設計されました。鈴木氏は名古屋を拠点として、鶴舞公園の奏楽堂や噴水塔等数多くの作品を残しました。東海の建築の近代化、とりわけ近代都市名古屋の都市景観を作り上げることに大きく貢献しました。 辰野金吾氏は「わが国の建築界の父」と呼ばれ、レンガ造りの東京駅丸の内本屋(重要文化財)や日本銀行本店本館(重要文化財)など国家を飾る代表的な建物を数多く設計しています。 岡崎には「二十七曲がり」と呼ばれ右に左に何度も折れ曲がる道があり、これは、岡崎を貫く旧東海道でもあります。岡崎信用金庫資料館(旧岡崎銀行本店)は、この街道に面しているところにあります。 |
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